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岡山地方裁判所 平成5年(ワ)421号 判決 1994年4月28日

原告

尾崎厚一

ほか一名

被告

中本泰三

ほか一名

主文

一  被告らは、原告各自に対し、連帯して金三一二四万四二〇二円及び内金二九二四万四二〇二円に対する平成四年一月一一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告各自に対し、連帯して金四〇一五万五二五三円及び内金三六五五万五二五三円に対する平成四年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件交通事故(本件事故)の発生

(一) 日時 平成四年一月一一日午後五時二〇分ころ

(二) 場所 岩手県岩手郡滝沢村滝沢字砂込九九五―一先国道二八二号線(本件国道)

(三) 加害者 被告中本浩(被告浩)

(四) 加害者 軽四輪乗用車(被告浩車)

保有者 被告中本泰三(被告泰三)

(五) 被害者 尾崎晋一郎(晋一郎)

(六) 事故態様 被告浩が居眠り運転をしたため、被告浩車が対向車線にはみ出し、折から対向してきた佐々木松男(佐々木)運転の大型貨物自動車(佐々木車)に衝突して、被告浩車が大破し、運転席後部座席に同乗していた晋一郎が開放性脳損傷のため即死した。

2  責任原因

被告泰三は、自賠法三条により、被告浩は、民法七〇九条により、損害賠償責任を負う。

3  相続関係

原告両名は、晋一郎の両親であり、相続人は、他に存しない。

4  損害

(一) 逸失利益 五一八二万二五五六円

晋一郎は、昭和四六年八月三日生の健康な男子であり、本件事故当時、横浜国立大学二年生(二〇歳)であつた。そこで、晋一郎の就労可能年数を六七歳までとし、平成三年度賃金センサス新大卒男子全年齢平均年収六四二万八八〇〇円、就労可能年数四七年間に対応するライプニツツ係数を一七・九八一、残存在学期間二年に対応するライプニツツ係数一・八五九を用い、生活費の控除割合を五割とすると、晋一郎の逸失利益は五一八二万二五五六円となる。

六四二万八八〇〇円×(一七・九八一-一・八五九)×(一-〇・五)=五一八二万二五五六円

(二) 治療費 八万七九五〇円(原告各自が二分の一ずつ負担)

(三) 葬儀費用 一二〇万円(原告各自が二分の一ずつ負担)

(四) 慰謝料 二〇〇〇万円(原告各自一〇〇〇万円ずつ)

(五) 弁護士費用 七二〇万円(原告各自三六〇万円ずつ)

よつて、原告らはそれぞれ、前記2の各責任原因による損害賠償請求として、被告らに対し、連帯して、前記3(一)ないし(五)の損害合計八〇三一万〇五〇六円の二分の一の四〇一五万五二五三円及び内金三六五五万五二五三円に対する本件事故の日である平成四年一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める(ただし、同(四)の加害車は、軽四輪乗用車ではなく、普通乗用自動車である。)

2  同2及び3の事実は争う。

3(一)  同4(一)は争う。

逸失利益は、ホフマン方式で算定すべきである。

(二)  同4(二)及び(三)は認める。

(三)  同4(四)及び(五)は争う。

三  抗弁(好意同乗減額)

本件は、好意同乗減額の法理が適用されるべき典型例の事故である。即ち、本件事故は、被告浩の過労による居眠り運転が原因であるが、その同乗者であつた晋一郎ほか二名の同乗するに至つた目的や経緯、同人らの同乗後における運行管理に関しての注意、同人らと被告浩との相互の関係をみると、同人らが同乗者という立場に止まつていたにしろ、危険な運転=事故の発生に間接的にかかわつたとみなされてもやむを得ない。

従つて、本件事故における好意同乗による減額割合は、晋一郎及び原告らが被つた損害の三分の一が相当である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁は争う。

2  被告浩は、朦朧とした意識下で運転するという、極めて危険かつ無謀極まりない運転をするまでに至り、本件事故を惹起したものであつて、被告浩の責任は極めて重大である。従つて、晋一郎及び原告らの損害が減額されるべき理由は全くない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

但し、証拠(甲一、四四)によれば、同1(四)の加害車(被告浩車)は、普通乗用自動車である。

二  請求原因4(損害)について

1  逸失利益(認容額五一八二万二五五六円)

証拠(甲五一、六七、原告尾崎令子本人)によれば、晋一郎は、本件事故当時、満二〇歳(昭和四六年八月三日生)で、横浜国立大学工学部二年生に在籍する健康な独身男子であつたことが認められる。右事実によると、晋一郎は、本件事故により死亡しなければ、大学卒業時の満二二歳から六七歳まで稼働可能であり、その間、少なくとも、男子の大学卒業者の平均収入程度は得られたものと推認するのが相当である。

そこで、晋一郎の得べかりし年収を、賃金センサス平成三年第一巻第一表産業計・企業規模計・男子労働者新大卒の全年齢の平均年収である六四二万八八〇〇円とし、就労の終期までの年数四七年間に対応するライプニツツ係数を一七・九八一、就労の始期までの年数(残存在学期間)二年に対応するライプニツツ係数一・八五九を用い、生活費の控除割合を五割とすると、晋一郎の逸失利益は五一八二万二五五六円となる。

六四二万八八〇〇円×(一七・九八一-一・八五九)×(一-〇・五)=五一八二万二五五六円(円未満切捨て)

2  治療費(認容額八万七九五〇円)

当事者間に争いがない。

3  葬儀費用(認容額一二〇万円)

当事者間に争いがない。

4  慰謝料(認容額二〇〇〇万円)

前記一の争いのない事実及び証拠(甲二〇ないし甲三三の各一、二、甲三四、五一、六七ないし六九、甲七〇の一、二)によれば、晋一郎は、ひたすら誠実・真面目に努力して、勉学に励んで成長し、死亡当時、横浜国立大学工学部に在学中(二〇歳)の前途有為の学生であつたこと、そのような晋一郎を一生懸命育て見守つてきた両親の原告らにとつて、同人がかけがえのない息子であり、同人の将来に対する期待も大なるものがあつたことはいうまでもないところ、不慮による突然の事故で同人を失つた悲しみは、誠に甚大であること、その他、本件事故の態様等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、晋一郎の両親(唯一の相続人)である原告らの精神的苦痛に対する慰謝料は、全体として二〇〇〇万円とするのが相当である。

三  抗弁について

そこで、本件の最大の争点である好意同乗減額の可否及びその割合について、検討する。

1  証拠(甲四〇ないし六一、被告中本浩本人)によれば、被告浩は、本件事故当時、岩手大学二年生で、肩書住所地に寄宿していたものであり、遠藤健一(遠藤)は、高校時代の同級生で、当時は、横浜国立大学工学部工学科二年生であり、太田孝弘(太田)と晋一郎は、同科に在籍する友人であつたが、被告浩と太田、晋一郎は、本件事故前日が初対面であつたこと、被告浩は、平成三年九月ころ、遠藤から、翌年一月に、大学の友達と一緒にスキーに行きたい旨電話で依頼を受け、これを承諾したところ、更に、平成三年一〇月中ころに、遠藤から電話で、盛岡に来る日程の連絡を受け、両者でスキー旅行の日程を決めていたこと、平成四年一月一〇日午後九時三〇分ころ、遠藤、太田及び晋一郎の三名は、列車で盛岡駅に到着し、被告浩は、被告浩車にて同駅まで出迎え、午後一〇時ころ、同人らを下宿に連れ帰つたこと、被告浩は、下宿に着いてから、遠藤ら三名に対し、スキーをしに行く目的地につき希望を尋ねたところ、場所の選択は任されたため、被告浩自身一度経験し、初心者にも適する場所として、東八幡平を行き先に定めたこと、被告浩と、遠藤ら三名は、午後一一時ころから翌日の午前二時ころまで、四人で麻雀をし、それから交替で風呂に入つた後就寝し、被告浩も午前四時ころ一番最後に就寝したこと、被告浩は、午前八時三〇分ころに起床し、他の三名を起こし、午前九時過ぎころ、被告浩車を運転し、右三名を同乗させて、東八幡平に向けて出発し、午前一〇時三〇分ころ東八幡平リゾートスキー場に到着したこと、午前一一時ころから昼食時まで滑つてから、被告浩車に戻つて昼食を取り、三〇分ないし四〇分間休憩した後、午前三時ころまで滑り、更にスキー場のレストハウスで約三〇分休憩し、その後再度滑つて、午後四時ころにはスキーを終了したこと、そして、被告浩は、午後四時三〇分ころ、被告浩車を運転し、助手席に遠藤、後部座席左側に太田、右側に晋一郎を同乗させて、帰路に着いたこと、当初、道に迷い、約一五分ないし二〇分程度四人で道を探しながら間道を走行し、ようやく県道との交差点に出ることができたが、県道に出てから、被告浩が、「ここからは知つているから帰れる」旨告げたため、まず、遠藤、太田の両名が座席で眠りについたこと、被告浩は、午後五時ころには、県道から国道二八二号線に入り、西根町方面から分レママ方面へ向けて、時速五〇ないし六〇キロメートル(制限速度は五〇キロメートル)程度で運転していたところ、晋一郎は、西根町大更の商店街まで(本件事故の約一〇分程度前まで)は、起きていたものの、西根町のインターチエンジの入口を通過したころには、後部座席で眠るに至つたこと、被告浩は、全員が眠り込んだことを認識しており、そのうち、自身も、自衛隊演習場脇の地点(本件事故現場の約五・八キロメートル手前)で眠気を感じたが、そのまま運転を続けたところ、約二・八キロメートル走行した地点では、被告浩車は右方向へ軽くグラツと来て、左右の車輪で中央線をまたぐような状態に陥つたこと、被告浩は、右の状態を認識し、危険を感じたが、その先にある喫茶店に立ち寄つて行こうと考えて走行を続けたこと、また、右地点から更に約一キロメートル前方に進行した地点では、自動販売機約一〇台が道路左側の空き地に並んでいるのに気付いたが、そこに立ち寄ることもしないまま、車を走行させ、更に約一・四キロメートル走つた地点(本件事故現場の約六〇〇メートル手前)にある「秀光人形会館」の看板を認めたのを最後に、居眠り状態に陥つたこと、被告浩車は、そのまま進行を続け、本件事故現場手前に、緩い左カーブに差し掛かつたところ、そのカーブを曲がり切れず、真つすぐ進行したことにより、中央線を越えて自車を右前方の対向車線に進出させ、折から対向進行中の大型貨物自動車(佐々木運転)と正面衝突したこと、なお、被告浩は、当日朝起床したときや往路で運転した際のみならず、帰路の運転開始時や、県道に出た時点でも、他の三名に対し、疲労感や眠気を訴えたことはなかつたことが認められる。

2  前記1の事実関係によると、本件はいわゆる好意同乗の事案であるということができる。

ところで、一般に、好意で同乗者に利便を提供したとしても、自動車運転者は、一歩間違えば人命を奪う危険も内在する高速度交通機関を操縦するのであるから、他人の命をも預かるものとして、同乗者の安全確保に配慮し、慎重に運転すべき注意義務を負つていることは明らかであつて、このような配慮を欠いたために生じた損害は、原則として運転者が負担すべきであり、単に「好意同乗」であることの故をもつて、同乗者に右損害を転嫁することは相当でないというべきである。しかしながら、他方、現代は車社会であつて、その常識からすると、自動車の運行に伴う危険を管理し、搭乗者の安全を確保する責任は、ひとり運転者や自動車の保有者にのみあるのではなく、当該自動車の運行に関与する各人が、それぞれの立場に応じて分担しているとみるのが合理的である。従つて、同乗者が、そのとき・その場合に応じて、右のような危険管理の責任を分担している立場にありながら、その配慮が不足していたような場合には、信義則ないし損害の公平な分担の見地からみて、運転者に全額損害を負担させるのではなく、賠償額を相応に減額するのが相当であると解すべきである。

3  これを本件についてみると、被告浩は、本件事故前に被告浩車を運転中眠気を催し、正常な運転が困難となつたのであるから、直ちに運転を中止する義務があるのにこれを怠り、本件事故現場まで約五・八キロメートルもの間運転を継続して、本件事故を招来した点において、重大な過失があつて、その責任は大きいといわなければならない。

しかしながら、他方、本件事故の原因は、被告浩の居眠り運転であるところ、被告浩は、本件事故に至るまで他の三名に対し、疲労感や眠気を訴えたことはなかつたというものの、若者とはいえ結果からみて、前夜の睡眠不足、スキーによる軽度の疲れ、これによる同乗者三名全員の居眠りが、被告浩の居眠りに影響したものとみざるを得ない。そして、被告浩、晋一郎も含めた四名の間では、少なくとも、本件事故前夜の時点においては、翌日のスキーの実施、その目的地等も決まつていたのであるから、初対面(被告浩と晋一郎、太田)の若者同士が打ち解けるという意味では無理からぬ面があるとしても、他の三名を接待する側であり、かつ翌日自動車を運転する被告浩のため、他の三名において、同被告の睡眠時間、体調等も考えて、もう少し早く就寝する等の配慮に欠けていたことは否定できない。また、晋一郎ら三名は、「ここからは知つているから帰れる」旨告げられて安心し、被告浩の運転に全幅の信頼を置いて、順次眠りに落ちたことは想像に難くないが、そのため、被告浩にとつて、睡魔に襲われやすい雰囲気が醸成され、他人に声を掛けたり、相談したりすることもなく、一人で睡魔と闘いながら運転を継続していたことに思いを致すと、前夜三名を迎え、当日も往路運転・スキー実施後、帰路を運転していた被告浩の立場に対する周囲の者の配慮という客観的観点からは、不足する面があつたといわざるを得ない。

従つて、本件では、信義則ないし損害の公平な分担の見地からみて、晋一郎及び原告らに生じた損害額を相応に減額するのが相当であると考えられる。そして、右に検討した被告浩の過失の内容・程度、晋一郎ら三名の立場・行動に、前記1で認定した、被告浩と晋一郎との人的関係、同乗の目的・経緯・状況、本件事故に至る経緯等の事情(なお、本件は、長距離・長時間運転や、深夜ドライブ等の事案と異なり、必然的に運転者にとつて、過労の負担がかかる運転とまでは認められない。)も併せ考えると、減額の割合は、全損害額の二割とするのが相当である。

四  賠償額と弁護士費用

1  前記二及び三によれば、被告両名が原告らに対し、賠償すべき損害額は、前記二1ないし4の合計金額である七三一一万〇五〇六円から二割を減じた五八四八万八四〇四円(円未満切り捨て)となる。そして、前記一の相続関係と弁論の全趣旨によれば、原告各自につき請求できる金額は、右金額の二分の一である二九二四万四二〇二円ずつとなる。

2  本件訴訟の内容、審理経過、認容額等に鑑みると、被告両名に負担させるべき本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は、原告各自につき二〇〇万円ずつと認めるのが相当である。

五  結論

以上の次第で、原告らの請求は、被告両名に対し、連帯して、原告各自につき三一二四万四二〇二円及び内金二九二四万四二〇二円に対する本件事故の日である平成四年一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 德岡由美子)

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